株式会社プライムネット 西澤 紘 一
1. 池井戸潤の小説に学ぶ
池井戸潤が直木賞を取った名作、「下町ロケット」 は、メインテーマとして初めて「知的財産権」を 取り挙げた極めてユニークな小説である。
主人公、佃航平は、研究者の夢を捨て家業の町 工場を継いで佃製作所社長として業容を拡大して いた。ところが、ある日突然競合相手である大手 企業N 社から特許侵害訴訟を受けた。しかも90 億円と言う膨大な損害賠償金額である。
この種の訴訟では、知名度がある大企業側が圧 倒的に有利で、裁判官でさえも味方につけると言 われている。世間もマスコミもあの大企業が訴え るのであるから勝算があるのだろうと思いこむ。 一方、訴訟を受けた側の中小企業は、たとえ彼ら の技術・特許が優位であったとしても、訴訟を受 けたという事実だけで世間の信用度が低下する。 銀行が融資を渋ってきたり、自社製品の得意先か らも注文が滞る事態が起こる。このように特許訴 訟においては、訴える大企業側と訴えられる中小 企業側で、最初から勝ち組と負け組が決まってい るようなものである。
大企業の知財部門は、アイデアの詰まった当 該中小企業の製品が特許で完全に守り切れてい ない欠陥を突いて、徹底的に粗さがしをして訴 えてくる。
豊富な資金力にものを言わせて優秀な弁護士 団をフルに使い、長々とつづく裁判を維持し当 該特許を無効化する。そして、中小企業の資金 力に限界が出てきたところで和解に持ち込み、 訴訟を取り下げる代償として50 % 以上の株式 を奪取し経営権を握るという大企業のエゴがこの小説の中で見事にあぶり出されている。こう して、目の上のたんこぶであった特許が手に入 るのである。
侵害訴訟を受けて資金繰りに困った佃航平は、 元妻のルートで紹介された俊敏な弁護士、神谷に すがる。彼は、大企業の横暴に不快感を持ち正義 を実現するために立ち上がる。
一般的な対応戦略は、訴訟対象となった特許の 有効性、すなわち損害賠償請求を棄却するための 裁判闘争をするのが正攻法である。
しかし、弁護士神谷は、まったく異なる方法を 提案した。N 社が製造している製品が、航平が以 前取得した特許を侵害していると逆にN 社を訴え たのである。これを機会に裁判の状況が一変する。 N 社の製品群が、航平の持つ特許を侵害している と言う訴えは、極めてシンプルで裁判官の心証を 良くした。
それまで航平は、ライバルN 社の製品が自分の 特許を犯しているなど全く気にもしていなかった が、相手が訴えてきたために寝ている子を起こし た結果となった。最終的には、裁判官の和解勧告 で航平は、賠償どころか56 億円もの和解金を受け 取ることとなる。
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